今どうなってるの?!東大阪
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ふるさと東大阪2011年6月5日掲載





 東大阪昔再発見としゃれこんで、町をぶらぶら歩きます。略して『ぶらまち』。案内人は、池島ぶらぶら歩きでもお世話になった杉山三記雄さんです。今回は、布施から八戸ノ里へ歩きます。ほんまに知らんこと、ようけありました。
 
        
                                  
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   布施ブランドーリ商店街のクレアホール前に集合

:「杉山さんこんにちは!
   鳩まめの四人です、よろ
   しくお願いします。」


  <杉山三記雄さんについて>
杉山さんは、『まちむら研究会』を主宰する郷土史家。『小阪庵』のホームページで、東大阪の史跡の数々を発信しています。現在、河内の郷土文化サークルセンターの会長を務めておられます。

(杉山さんは、さっそく、この近くのオススメの味を紹介してくれました!)
 
 
“河内ぶなの洗い”
       
(布施ブランドーリ商店街)

 杉山:昔、河内では淡水魚をたくさん食べ
    てました。なかでも、“河内ぶな”は、
    おいしくて肉厚があります。この近く
    の居酒屋『淡路屋』では、井戸の真
    水で育てられた“河内ぶな”が瓢箪
    山から直送され、生簀
(いけす)のふな
    
の洗いを食べられます。酢味噌で食
    べると淡白な味わいですよ。


:そういえば、杉山さんは郷土料理の復
   活にもかかわってはる
らしい。
     杉山さんオススメの味

     ふなの洗い 杉山さん提供
            さあ、出発!

杉山:おすし屋さんの横の道が、十三(じゅうさ
    ん)
街道の入り口です。
:ええっ?狭ま〜っ!


杉山:十三街道は、古くは、奈良時代の頃か
    ら難波四天王寺平城京を結ぶ街道
    のひとつとして整備されたといわれて
    います。



(異空間の路地を抜けると、ロータリーに、足代笠のモニュメントが・・・)
     
   銘菓“あじろの里
             
(布施駅南口)

杉山:街道の旅人向けに深江や足代
    (あじろ)では、菅笠作りの地場
    産業がさかんでした。老舗、御菓
    子司『モモヤ』には、足代笠にち
    なんだ“あじろの里”という名物最
    中があります。餡と栗が
絶妙!
:モモヤは知ってるけど、それは食べ
   てみないかん!
      杉山さんオススメの味

“あじろの里”杉山さん提供&モニュメント

漫才の“荒川”の由来  (荒川)

   杉山さん直筆の肖像画 & 現在の荒川

杉山:漫才コンビ夢路いとし、
    喜味こいしは、
荒川”
    を名乗っていました。人
    生幸朗や、若井はん
    じ・けんじもそうでした。
     この荒川村に『荒川浅
    丸』という大正の関西万
    歳界の大物が住んでい
    たんです。
その弟子や
    孫弟子が“荒川”を名乗
    ったんですな!
 :荒川浅丸さんは、池島村出身の漫
   才の祖、玉子屋円辰さんのお弟子
   さんやったらしい。東大阪は漫才に
   縁が深いんや・・・。

 左 十三こゑ・南 ひらの・右 大坂
            の道しるべ
   
   大部屋俳優の長屋(永和)

杉山:昭和のはじめ、帝国キネマ撮影所
    が長瀬にあったときに、大部屋の
    俳優さん達が住んでた長屋です。


:当時は、華やかな雰囲気だったでし
   ょうな。
        
       木村重成、大坂城炎上の無念!
(下小阪)
  

杉山:左がこんもりと盛り上がって見え
    るでしょ。昔はもっと、高かったの
    です。さかのぼること400年前、
    大坂夏の陣で、豊臣方武将“木
    村重成”は馬上から炎上する大
    坂城に別れを告げました。このこ
    とから“馬立(うまんたて)跡”と呼
    ばれています。重成軍は、このあ
    と、十三街道を東に進撃し、最後
    の決戦場である若江へと向いま
    した。

:重成が決死の覚悟をした場所か!
  環濠集落の名残り(中小阪)


  剣先舟の舟板を再利用したものという
杉山:
中小阪集落は環濠集落でし
た。今も江戸時代に戻ったよう
な雰囲気です。舟板塀の家屋
も残っています。生前の司馬
遼太郎が、散歩していてしば
しば道に迷ったとのエピソードが残ります。

たしかに、ついてかないと無
理でした。
      杉山さんオススメの店

中小阪24号線沿いの喫茶店 &寛ぐ様子
   
    “喫茶美術館”(中小阪)

杉山:一歩足を踏み入れると、高級な
   机や椅子、展示品の醸す雰囲気
   に圧倒されます。司馬遼太郎の
   『街道をゆく』の挿絵を担当した高
   名な須田刻太画伯の作品と、人
   間国宝の陶芸家島岡達三の作品
   が贅沢すぎるほどにならびます。
:これだけのコレクションは、たいへんなねうちです!

融通道(ゆうづうみち)って?(上小阪)
             

杉山:旧上小阪村で、十三街道と交差
    しているのが、融通道。平野の
    融通念仏宗の本山に通じている
    ため、そう呼ばれます。融通道は
    元、大和川の東堤でした。堤の
    上を信者さんたちは大勢いき通
    ったようです。


左 平野御本山の道しるべ&道沿い風景
:車のない時代、みなさん、足は達者だったでしょうね・・・。ちょっとは
  見習わんとね。
緒方洪庵の弟子が...(中小阪)

杉山: 蘭方医“緒方洪庵”の弟子、芦
田梅三の住んだ家です。先生
の洪庵が、供を連れて訪れる
こともあったようです。勉強熱心で、後に華岡青洲にも師事しました。
河内15村の種痘医として、日
夜駈けずり廻り、河内の洪庵
先生と慕われました。



ムムム!知りませんでした。杉山さん、本当にありがとうございました。


「河内野を旧大和川沿いに歩いてみて」

今日は約40年ぶりの遠足、どんなことが待ち受けているのかと久々に心ウキウキ。「河内ブナの洗い」「菅笠」の店、河川敷での「河内木綿」栽培の話。木綿の作務衣を着て、フナの洗いで一杯、菅笠を被っている自分を想像してしまう。川沿いに街道があり、代官所・庄屋屋敷が並び、船板を転用した壁もある。海と陸との間で、流通と文化の中心地として栄えきた河内の歴史に思いを巡らせ、楽しく歩いた一日でした。H・中西

            
            
「鳩まめぶらぶらハイク」に参加して

 3時間ばかり歩いて特に印象に残ったのは司馬遼太郎記念館前の南界隈です。この界隈は、私の好きな茅葺き屋根をトタンで覆った居宅が何軒か残っており、昔ながらの建物の素朴さと奈良や京都の街並みと似た佇まいが残っています。「杉山談」によると、司馬さんも帰る道に迷ってしまい、家族に電話したという迷路(これも外敵から守るための工夫なのか?)があちこちにあります。そしてもう一つは、「喫茶美術館」です。洋画家須田剋太画伯と陶芸家島岡達三の作品に囲まれ、クラシックが流れる室内での一服はまさに至福の時間です。この企画がなかったら、このような細い小さな路地を通ることもなかったと思うし、街並みの心地良さを知らずに終わっていたと思います。東大阪の新しい発見!面白さ発見!杉山さんありがとうございました。大満足な一日でした。F・村上

           
              楽しかった歴史散歩 布施足代から小阪界隈

 「こんな身近な所に、こんな楽しい所」、少し病みつきになるかな。世間の慌ただしい日常からなんとか逃げ出したい願望をいつも抱いていたわたしにとって、本当に楽しい昼下がりの3時間でした。ガイドいただいた杉山先生に感謝です。中小阪の路地道を、ふと振り返ってみれば、時は江戸時代にタイムスリップの気分。洪水を防ぐための環濠集落・中小阪界隈、そして民家の板塀に舟板が利用されていて、なんとも美しい。当時の智慧と美意識を感じました。屋敷門の厳かな風情にも感動しました。彌榮神社付近の道が高くなっている「馬立(うまんたて)跡」の位置に立ってみて、当時の大坂城が炎に包まれている様に想像をめぐらしてみたり、綿ばたけもずっと広がっていたのかなあと考えてみたり・・・。また、この十三街道を歩いてみたい。ありがとうございました。                                      
                                              K・野口

動画コーナーでは、『ぶらぶら町歩き』動画版を掲載しています。
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