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シリーズ元気の素2009年6月15日掲載






インタビュー その[
 <手づくりの技>
   “ミニチュア神輿・地車・布団太鼓
  大和眞次さん

 だれもが知る枚岡神社だが、そこに、神社の(もり)の倒木を材料にした『神輿(みこし)』や『地車(だんじり)』などのミニチュアが飾られているのを知る人は限られる。今回、神社の厚意で見せてもらい、作った人に会うことができた。ものづくりの町東大阪で、すばらしい手づくりの技を発揮するその人を、「元気の素」で紹介したい。

 
 精魂込められた創作品

                                     クリック:アップ画像
 まずは、飾られている作品を見てもらおう。写真上は、高さ80センチはある『地車』(だんじり)。車も付けられ、見えないところまで心が行き届いている。




                      <クリック:アップ画像>

 左は、70センチほどの『神輿』(みこし)。
 二つとも予想以上に大きく、堂々としたものだ。

 その華麗で巧みなつくりに息を呑む。
人が精魂込めて手づくりした迫力が伝わってくる。




  
 作者は、現在93歳で、松原在住の大和眞次(やまとしんじ)さん。この作品を制作し奉納したのは70歳代。そもそも、どうして作り始めたのか?話は30年前にもどる

 退職してから松原総代に

 大和さんは、大阪交通局に勤め、運転手から管理職そして外郭団体勤務と、45年間運輸関係の仕事一筋。63歳のころ、枚岡神社の松原地区の総代を自治会から要請され、引き受けたことが転機に。


 神社の(もり)の倒木を活用へ

 当時の杜には、枯れて危険木として倒された木がたくさん横たわっていた。中には、戦後すぐの『ジェーン台風』のとき被害を受けたと思われるものまであったという。


     大和眞次さん(93歳) 松原在住

      整備が行き届いた現在の杜
 当時の宮司や総代たちは整備の相談をしたが、神域の木を粗末に扱うわけにはいかない。信仰につながる有効な活用をと、考えがまとまり、倒木は、生まれ変わることになる。
 
このときから、手づくりの技を発揮し始めたのが大和さん。自分で作ったミニチュアを奉納するばかりでなく、神社で授ける木製の『お守り』のデザイン指導にもかかわっている。

 
手づくりの才能が目覚める

 

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 先生にほめられた思い出が今も胸に

 本人は、総代になってからミニチュアづくりを始めたというが、若くからの素養や技術の蓄積がないと難しい。
 聞いてみると、小学校(昔の尋常高等小学校)の『手工』の時間の体験談を語ってくれた。
 一枚の板で自由に制作する課題で、大和少年は瓢箪型の短冊かけを作りあげた。すると先生が、『おっ、これはよく出来た』と持って行かれ、あっけにとられたという。後日、職員室をのぞくと、自分の短冊かけに先生の書いた色紙が添えられ飾られていたという。

 そのときの大和少年の感激が伝わってきそうな話。この喜びが、今の大和さんの意欲につながっているのだろうか。
 大和さんは、その時の色紙に書かれていた句は、生涯忘れられないし、今も人生訓になっているという。

 左の色紙は、その句を大和さんが書いたもの。
 
   「世の中は なんの糸瓜(へちま)と思へども
                     ぶらりとしては暮らされもせず」

「この家も作りましてん!」

 大和さんは、「この家も自分でつくりましてん」と言い出した。在職中に日曜大工でコツコツ自宅をつくり上げたという。基礎・骨組みと大きな庭石は本職に頼み、あとは自力だというから驚きだ。「昔は、世間の話題になりました」と、笑顔で軽く言ってのけるが、こんな大きなものまで作っていたのだ。ものづくりに情熱を傾ける大和さんの真骨頂に触れた思いだ。

      : 画面が変わります



  制作意欲を燃やす93歳
 大和さんが、「いま、これを作ってます」と見せてくれたのが『布団太鼓』。釘を一本も使わず、組み立てるそうだ。
 それだけでなく、『シルバー人材センター』で、高齢者が作る土産物の木の製品についても、デザインなどの相談に乗る活動を続けているという。
          : 画面が変わります

   
   取材を終えて


 大和さんは家ばかりでなく、部屋には手づくりしたものがいたるところに。「えっ、これもですか?」と驚きの連続。松原の総代をずいぶん前に譲ったが、今も参事を頼まれているという。家族からは「控えめに」と、釘をさされているようだが、我々との話の中でも「枚岡神社まで自転車で・・・、帰りは楽ですよ」と、屈託がない。同行取材は自動車でさせてもらったが、その車中、「息子は、体を心配してくれてるんですわ」と、自分のはやる気持ちを抑えるように話された。 
 お宅からの帰りに、シルバー人材センターで技術指導している製品見本を土産に下さった。貴重な屋久杉で作られた、愛嬌のあるストラップだ。
 大和さんには活躍を続けていただき、みんなに『元気の素』のおすそ分けをお願いしたい。
                             レポート:村上&楢
 

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