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シリーズ元気の素2010年7月14日掲載






インタビュー その]
マザー・テレサに導かれ 是枝律子さん
 
 今年の8月26日は、マザー・テレサ生誕100年(没後13年)にあたります。これを記念し、あわせてマザー・テレサの足跡を広く知ってもらおうと、この5月に若江岩田のイコーラムで、写真展と映画上映、さらに体験談の発表や講演と、多彩な催しがもたれました。300人ほどの参加者は、改めてマザー・テレサの生き方に感銘を受けました。 
 この催しを進める原動力の一人が、今回登場いただく吉田在住の是枝律子さん(74歳)です。20年ほど前にマザー・テレサの身近で活動を始め、2年半前には自身が不幸な交通事故に遭いながら今なお献身的な活動を続けている是枝さんの元気の素に迫ります。

催しチラシ クリック:拡大

       釜ヶ崎でみつけた一冊の本

30年ほど前、日雇い労働者の多い釜ヶ崎の街に出かけていました。夜回りをして路上で寝ている人達へ毛布を配ったり、翌朝の炊き出しをしたりとボランティア活動を続けていたのです。
 ある朝、路上の本屋で『マザー・テレサ あふれる愛』沖守弘著に出会います。20円だったといいます。

 マザー・テレサの生き方に衝撃を受けた是枝さんは、「いつかこの人に逢いに行こう」と決意。6年後に実現させることになります。インドのコルカタ(旧名カルカッタ)にあるマザー・テレサ修道会本部(神の愛の宣教者会)へは、「一度お目にかかりたい」との想いで出かけたが、実際にお会いして、人間マザー・テレサに深く魅了されてしまったといいます。このとき、「どんなに小さなことでもいい、お役に立ちたい」と心に決め、看護職を辞め、支援する活動に専念することになりました。 是枝さん50歳のときのことです。ここから第二の人生が始まりました。



 写真家 沖 守弘さんの著書 講談社文庫
     
     
自称“国際運び屋さん”


 マザー・テレサの活動する現場で必要とする医療品その他や、献金を届けることにした。年に1回から3回のペースで、37回にわたり、仲間といっしょに物資や献金を送り続けました。この間、同行した仲間たちは500人にのぼるといいます。


           送られる医療品など
 自身の活動を“国際運び屋”のようなものと説明するのも、そんな理由からです。
 
 日本では医療品を買うための資金集めに努力し、インドでは清掃、食事介助、洗濯、後片付けの仕事を手伝います。カルカッタでの滞在は3ヶ月に及ぶこともあったようです。 

 マザー亡き後も

 
 1997年9月5日、マザー・テレサとみんなとの別れが訪れます。マザー・テレサの近くで10年にわたり活動していた是枝さんにとっても、大きな衝撃であったにちがいありません。マザーの死のことを是枝さんは多くを語りませんが、それが、よけいに彼女の魂の奥深くに刻まれていることをうかがわせます。
 マザー・テレサの死後も変わらず活動を続けていましたが、その後、大きな試練が襲います。


写真は、元気な頃のマザー・テレサと是枝さん
 
        大変な試練


 今から2年半前に、日本国内で交通事故に遭います。片足切断という大事故でした。それまでテキパキとなんでもこなしてきた是枝さんは、活動の自由を奪われたため、生きる意味を見失いました。「人格はズタズタになり」「もうおわりだ」と観念したといいます。困難な治療の中、体重は36キロに落ちました。血液検査の数値の意味がわかる是枝さんにとって、「このまま死ねる」と感じたといいます。こんな失意の中、ある日、見舞いに訪れた青年から提案がありました。「“マザー・テレサ あふれる愛”のミニ写真を部屋に貼ったら・・・」 自宅から写真を取り寄せ、病室はミニギャラリーとなりました。病院のスタッフ、患者さんなど、いろいろ人がやってきたといいます。その人たちとの対話を通して、絶望の淵に沈んだ心が癒されていきました。


活動仲間と一緒に イコーラムにて
 そんなある日、インドの友人から電話が入り、マザーの礼拝堂に、交通事故の事と、回復を祈ってくださいというお願いが書いてあると知らせてくれました。是枝さんは感激に涙が止まらなかったといいます。それからしばらくして、病室に「是枝さん」と外国なまりの声。見るとサリー姿の二人のシスターが立っていました。チョコレートを土産に見舞いにきてくれたのです。病院では写真で見たままのサリー姿のシスターが歩いているので大騒ぎ。是枝さん自身は「夢を見ているのではないか」と思ったといいます。これらの出来事を通して、みんなの輪の中で、身も心も立ち直っていきます。

著者 沖 守弘さんと  イコーラムにて
 今、是枝さんは車椅子生活を送りますが、人を見る目の位置がかわってから、いままで見えなかったものが見える気がするといいます。そして、不自由な弱者になって“弱いものほど強くなれる”という意味が理解できそうともいいます。

  是枝律子(これえだ・りつこ)さん   創作展会場にて
  
「大きな試練は私の宝になった」と淡々と語ります。

 左の写真は、イコーラムでの催しに訪れたむぎの穂保育園の子どもたちとの交流風景。
  
        
        さらなる活動へ

 三年前に若江岩田のイコーラムで、パキスタン・アフガニスタンで医療活動に従事している医師の中村哲さんの講演を企画して以来、平和の問題にも取り組み、昨年の秋は、チェルノブイリ原発事故被災の子どもを支援する、キエフ・ナイチンゲールコンサートの開催にも尽力しています。
是枝さんは「平和が大切」と、きっぱり話します。

 次世代への期待も大きく、小学6年生の教科書に、『マザー・テレサ』の伝記が載っていることから、依頼された小学校で講話したり、大学へ講演に出向いたりもします。イコーラムで発表した少年のことを是枝さんは目を細めて語ります。

 インドでの体験を語る 小学6年の松山英照君


奈良学園前
アートサロン『空』(くう)での真夏の創作服展
 活動の大事な一環として、『創作服展』をひらいています。和服の生地を生かして新しい服に作り変えます。沖縄の芭蕉布などの珍しい布もありました。国際的な活動を支える地味な仕事を見せてもらいました。是枝さんは、訪れる人との対話を楽しんでいるようです。
 
 こちらから、「少しでも行動したいという人たちへのアドバイスはありますか?」と問うと、是枝さんは、インドのコルカタまで行かなくても、この日本で困っている人に対して、自分のできることを見つける必要を説きます。今の日本は“関係性の貧困”が進んでいて、人と人のつながりがどんどん希薄になっています。マザー・テレサは、「一番罪深いのは、人を無視すること」と、まわりにきびしく指摘したようです。胸にずしんとくる言葉を聞かせてもらいました。


 
 ご主人と世界一周の途中、ペルーで紐を編む技を習得し、作品を身につけている
薮本由貴さんと、そのほかの作品
          取材から

 
創作展で、是枝さんを手伝う薮本由貴さんに話を伺いました。是枝さんとの出会いは7年前、長崎の壱岐でマザー・テレサの講演の司会をしたのがきっかけといいます。その後、是枝さんを慕って大阪へ。インドには二度行きました。
 是枝さんのことについて聞くと、歳は孫ぐらいに離れているのに、発想が若く、若者の感覚を受け入れてくれ、友達としゃべる感覚になるようです是枝さんは、人とのつながりを大切にしていて、毎日多くの来客や電話があるといいます。本人には言ってませんと断りながら、マザー・テレサを直接知らない自分にとって、是枝さんはマザー・テレサのような存在だと話してくれました。多くの若い友人をもつ是枝さんならではのエピソードが聞けました。

 
今回、是枝さんに頼み込んで取材の了解をいただきました。感謝します。

        
    レポート はなの・のののぐち & よしき
 

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