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2012年7月6日掲載
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来阪して50年。少年のころに親しんだハーモニカは、今では人生の友に。高度な技をもつ下田賢一さん(69歳)は、今では四条リージョンの「やまなみハーモニカ教室」を主宰し、生徒さんたちに音楽の楽しさを広げています。
上の写真: 生徒さんのマイクの調整をする下田さん & ウクレレで伴奏する下田さん
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ハーモニカとの出会い
オランダ坂の町、長崎生まれの下田賢一さん。ハーモニカとの出会いは小学生のときといいます。お兄さんのハーモニカを借りて、見よう見まねで吹いているうち、ベース(伴奏)を入れて吹けるようになったそうです。もともと音楽の才能があったのでしょう。しかし、ハーモニカはあくまで楽しむだけのものでした。 |
故郷長崎の現在の風景 下田さん提供 |
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演奏風景 下田さん提供 |
退職が転機
20歳で大阪に出てきて、デザイン関係の仕事につきます。このころ、楽器に興味をもっていましたが、ハーモニカに加え、ウクレレやギターをたしなむ程度です。
退職を数年後にひかえた時期に、「本格的に極めたい」との思いが強くなってきました。数ヵ所のハーモニカ教室に通うようになり、ついに、ハーモニカコンテストを目指そうと決心するようになります。
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トンネルの中で一心不乱の練習
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それからというもの、猛練習に励みました。練習場所は、らくらく登山道の途中にあるトンネルの中と決めました。このトンネルは、音が響き過ぎず、音響効果は抜群の場所でした。
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らくらく登山道のトンネル |
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らくらく登山道から市街地の眺望 |
雨の日も、雪の日も欠かさず山に登っていって、この中で吹き続けました。しかし、思いもかけぬできごとがおこってしまいました。 |
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ボランティアが心の支え
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猛練習の無理がたたったのか、身体を壊してしまいます。その結果、大きな肺活量を必要とする演奏家の道は断念せざるを得なくなったのです。
一流のハーモニカ奏者になるという目標を見失った下田さんには大変つらい日々でした。
そんな下田さんにとって、10年ほど前からやり始めたボランティア活動や地域での演奏は、大きな心の救いとなりました。
東大阪や近郊の音楽祭、コンサート、自治会の敬老会、デイサービス、障害者施設などで、下田さんが吹くハーモニカを喜んでくれるたくさんの人々の存在を実感できたからです。
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再び転機!ハーモニカ仲間ができる
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やまなみ文化祭にて 下田さん提供 |
そんな下田さんに再び転機が訪れます。 2009年(平成21年)、四条リージョンのやまなみプラザで、やまなみハーモニカ教室を開設することにしました。
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奥さんの百合子さんの演奏 & やまなみでの演奏
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長い間ハーモニカを吹き続けてきた下田さんですが、他人にハーモニカを教えた経験はありませんでした。教室が始まって三年を超えるいま、下田さんの周りにはたくさんの生徒さんたちが集います。
先日、生徒さんたちの成果発表のコンサートをのぞかせてもらいました。下田さんの奥さん、百合子さんもこの場で始めてクロマチックハーモニカの練習成果を披露します。和気あいあいとした雰囲気に包まれていました。 |
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教室開設からの生徒、東太志(あずま・たし)さんに聞きました。
あるとき、通販でハーモニカの3本セットを買ったけれど、吹き方もわからず放っていた。市政だよりで教室のあることを知ったのがきっかけといいます。偶然、先生と故郷がいっしょです。先生はやさしいですよと、語ります。
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鷹殿町の東太志さん |
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今、下田さんの元気の素は、この生徒さんたちのようです。
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<動画>やまなみハーモニカ教室 発表会の様子
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複音ハーモニカの魅力
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複音ハーモニカ & 数字譜の例 |
教室で使っているのは、複音ハーモニカです。小さなオーケストラといわれる優れものです。しかも、安価で、音譜が読めなくても、数字譜で童謡や懐メロなどの歌謡曲を演奏することができるようです。
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下田さんは、「人前でちょっと吹いて、みんなを驚かせたい人、お祝いの席で披露したい人、野山で一人吹いてみたい人、思い出のある曲を吹きたい人、などなど、いっしょにやりましょう」と、呼びかけます。
※右のスケッチ画は下田さんが描いたもの。 |
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取材を終えて
良い景色のところに腰をおろし、ポケットに忍ばせていたハーモニカを吹くなんて、気持ちいいだろうな・・・と考えてしまいました。
教室は、月二回、第一と第三火曜日の午後2時から4時までです。
問合わせ:やまなみハーモニカ教室
072−988−6214 下田さんまで
レポート:村上 & 楢
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