今どうなってるの?!東大阪
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ふるさと東大阪2011年7月25日掲載








 
 私たちが住む街の東には生駒山系が横たわっています。その山麓にある河内一之宮の枚岡神社(中東 弘宮司)の背後は、豊かな緑におおわれています。この森は、『枚岡の森』とも『枚岡神社鎮守の森』とも呼ばれています。太古から、あの姿のままだったように思えるのですが、現実には時の流れの中で、荒廃などの危機に直面してきました。これに対し、大切な森を守る活動が続けられていると聞き、活動の拠点となっている枚岡神社の社務所にむかいました。




         
    枚岡の森を守る活動をすすめる


 ひらおかの森を守る会 現会長西森さん   

 社務所の応接室で
迎えていただいたのは『ひらおかの森を守る会』現会長で氏子総代の西森弘侑(こうすけ)さん、会の事務局担当で、枚岡神社権禰宜(ごんねぎ)の濱上(はまがみ)晋介さん、場をセットしてくださった氏子総代の東野勝紀さん。三人の方に話を伺いました。
 
私の目には、「何の問題もない豊かな森」に見えていたのですが、意外な事実を聞かされることに・・・。
           
            
災害に傷んだ境内の森


  終戦直後の森の荒廃は、すさまじいものだったようです。しかし、近年のことに限っても、神社と枚岡の森は何度か災害に遭っているといいます。
 昭和36年(1961年)9月の第二室戸台風は大阪に大きな被害をあたえました。枚岡神社でも御神木のビャクシンが痛手を負い、しばらくして株を残して伐らざるをえない痛恨の事態となりました。また、神社周辺の森にも大きな爪跡を残しました。
 その20年後の昭和57年(1982年)8月、今度は神社の背後の山崩れにより、第四殿に土砂がかかるという肝を冷やす状態になりました。 
 山崩れの原因として、いままでの災害で森の木が失われていることが考えられます。府が土留めの処置をし、神社として
も森の整備をすすめました。しかし、崩壊地を回復するまでにはいたりませんでした。


     府天然記念物に指定された
     御神木の柏槙(ビャクシン)
    ヒノキの仲間で、胴回りは6m30cmという

     
『かおり風景百選』が転機


 
 平成13年(2001年)、環境省は、全国100ヶ所を、『かおり風景百選』に選定しました。その一つに、“枚岡神社の社叢
(しゃそう)”が選ばれました。                      かおり百選 ← クリック
 
 氏子総代会では、「名誉なことで、名に恥じないよう森を守っていこう」との機運が高まり、『環境整備委員会』を立ち上げました。


 
 しかし、立ち向かった崩壊地には笹が生い茂り、つる草が樹冠をおおっていました。困難な作業の連続で、あまりにも人手が足りません。一歩を踏み出したものの
見通しは暗いものでした。

      当時の荒れた森のようす 写真『会』提供
    森林ボランティア 
      『ひらおかの森を守る会』の結成



 神社権禰宜で、会事務局の濱上さん
 
 濱上さんたちは、「どうしたものか真剣に悩んだ」といいます。

 その模索の中で、市みどり対策課主催の『森林ボランティア入門講座』との出会いがありました。
 みどり対策課の援助の下、講座の参加者に、森の現状と保護の必要性を訴えたところ、多くの共感を得ることができました。その人々を中心に、『ひらおかの森を守る会
(以降、『会』)』を結成することができました。平成16年10月のことです。
 
     
 また、心強いことに、『会』の活動を支援する組織として、『枚岡地区鎮守の森づくり委員会(以降、鎮守の森委員会)が直ちに組織されました。(平成16年12月
 この大きな前進をバネに、次の年の3月に、崩壊地に第一回の植樹を行うことができました。

  植樹のようす  写真は『会』提供
 『鎮守の森委員会』の構成団体:ひらおかの森を守る会、枚岡神社、枚岡神社総代会、NPO法人みどり大阪、東大阪市、大阪府中部農と緑の総合事務所、大阪府八尾土木事務所
 

    
社叢(しゃそう)学会』のアドバイス

 
 崩壊地に植林するといっても、どんな木でも植えればいいというわけにはいきません。その相談に応えてくれたのが『社叢学会』でした。この学会は、鎮守の森を始めとする社寺林木立、ウタキ(沖縄聖域)などについて調査研究し、地域に密着した新しい学問の創造と社叢神社=神々の森)の保存・開発をめざして設立された特定非営利活動法人(NPO法人)です。
                        
社叢学会←クリック
 

             苗場での作業
 
 その指導の下、テカテカと光る葉をもつ本来の照葉樹林の再生をめざすことになりました。現在、会のメンバーは、春日大社裏山のイチイガシ(一位樫)のどんぐりを拾ってきて苗を育てる活動をおこなっています。

昔あった池の復活を




         以前の“姥ヶ池”のようす  &  再生なった現在の“姥ヶ池” 
 
 森を守る活動が進む中、会員の目には新たな課題が見えてきました。社殿の北裾には池がありました。古来から『照沢の池』と呼ばれ、近世からは悲劇の伝承にちなんで『姥ヶ池』と呼ばれた池です。

 


    本来のうつくしい湧き水 社殿の堀
 
 年配の人たちは「池があって、水をたたえていた記憶がある」といいますが、こん跡が残るだけです。昭和27年ごろ、土砂で埋まり、さらに追い討ちをかけるように昭和57年8月、ふたたび土砂崩れに見舞われました。完全に埋まってしまい、荒れ放題の土地になっていました。会員から、「池を復活させよう」という声があがりました。
 本来、生駒山麓のこの辺りは、水が豊かなところです。現に、今も社殿の堀には、こんこんとうつくしい湧き水が流れています。
 民間企業や自然を守る財団の援助を得て復活プロジェクトは進み始め、実現への大きなきっかけをつかみます。
 
 
 鎮守の森づくり委員会の構成団体の一つである『N
PO法人みどり大阪』の福間英美さんが、市のまちづくり支援課がおこなっている『まちづくり支援事業』への応募を立案し、事業認定されたことです。
 

         竣工式典のようす 写真は『会』提供
 
 財政的な裏づけを得たプロジェクトは工事着工にこぎつけ、平成23年(2011年)2月27日には無事、竣工式を迎えることとなりました。
 三人の方々の話を聞いて、いままで漫然と森を眺めていたことを恥かしく感じるとともに、災害に立ち向かって森を守ろうとする人々の存在に気づかされました。『会』や『鎮守の森委員会』は、今後も森を守り、池を保全する活動を続けていきます。私たちは、森の美しさを愛でるだけでなく、こういう地道な活動があることに思いを馳せる必要がありそうです。
                  
ひらおかの森を守る会 ← クリック

 
 後日、『会』の活動の現場を見せてもらいました。その様子を動画でご覧ください

          


    濱上さん    西森さん   東野さん
   取材を終えて

 取材のなかで、濱上さんの生態系の話が心にのこった。濱上さんは、「神社の杜(もり)は、山・森・水があって、“菌類”も含めて全体として固有の生態系をなしている。それを守っていく役目を感じています」と語った。文化の伝承という面ばかりでなく、環境においても鎮守の森が貴重な存在であることに気づかされた。

     レポート:楢よしき
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